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「間抜けの構造」

数学で映画を撮る監督の因数分解 ビートたけし「間抜けの構造」

映画にも日常生活にも大事な”間”の話

 銀座を歩いた帰りに書店に寄ると、ビートたけしの新刊「間抜けの構造」が置かれていたのでお買い上げ。”映画の因数分解”の文字を見つけてすぐにレジに持って行った。

「間抜けの構造」

”映画の因数分解”について書かれている「間抜けの構造」

「間抜けの構造」背表紙

映画の他にも”ビートたけしの世の中の見方”が書かれている

”映画の因数分解”ができれば余分な説明はいらない

 ビートたけし/北野武監督の著書は何冊か読んだことがあるけれど、世界の見方や映画を撮っているときのロジカルな考え方がとてもかっこいいなぁと思う。そして数学で映画を撮る監督の話が読んでいて楽しくて仕方がない。北野映画の好きなところは、余分な説明が削ぎ落とされたシンプルさと、こちらに察させてくれる”間”があること。「間抜けの構造」の第六章「映画は”間”の芸術である-映画の”間”」にある「映画の因数分解」の話が特に面白い。

 そのあたりのことは、よく「因数分解」という言葉を使って説明している。

 例えば、Xっていう殺し屋がいるとするじゃない。そいつがA、B、C、Dを殺すシーンがあるとする。

 普通にこれを撮るとすれば、まずXがあらわれて、Aの住んでいるところに行ってダーンとやる。今度はBが歩いているところに近づいて、ダーン。それからC、Dって全部順番どおりに撮るじゃない。

 それを数式にすると、例えばXA+XB+XC+XDの多項式。これだとなんか間延びしちゃう感じで美しくない。XA+XB+XC+XDを因数分解すると、X(A+B+C+D)となるんだけど、これを映画でやるとどうなるか、という話が「映画の因数分解」。

 最初にXがAをすれ違いざまにダーンと撃つ。それから、そのままXが歩いているのを撮る。それでXはフェードアウトする。

 それからは、B、C、Dと撃たれた死体を写すだけでいい。わざわざ全員を殺すところを見せなくても十分なわけ。それを観て、「Aを殺したのはXだとわかったけど、その他のやつらを殺したのは誰なんだ」と思ってしまうバカもいるとは思うけど、そういうやつははなから相手にしていない。

 これを簡単な数式で表すと、X(A+B+C+D)。

 この括弧をどのくらいの大きさで閉じるかというのが腕の見せどころで、そうすれば必然と説明も省けて映画もシャープになる。

 真っ先に映画について語っている部分を読んだけど、読むと「アウトレイジ ビヨンド」がまた観たくなる。(↑の”因数分解”は、映画中盤の高橋克典演じるヒットマンたちのシーンを見るとどういうことかよくわかる)悪人たちの謀略の物語を見せられている間の、観客の心地良い疲労は、「ここがこうなるとこうなるだろ?」と数式を解いていく様を見せられているような感覚なのかもしれない。”映画の間”の20ページだけでも満足だ。

 おいらはギャング映画でも暴力映画でも、もうちょっと観ている方は考えた方がいいと思っている。考えさせるためには、余韻や映像の美しさが必要で、そうすると自然に”間”も決まってくる。観ている人を思考停止に陥らせるような映画をつくろうとは思っていない。

 日本のドラマや映画はなんでも登場人物に喋らせようとするけれど、説明セリフが多ければ多いほど見ている側のリアルとはかけ離れていく。何も喋らなくても表情や背中をじっと見せてくれるだけでもこちらは彼らの心境を色々と想像できる。もっと観客を信用して欲しいのだ。

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